Column

2026/11/02 00:19

Vol.90 / 令和八年十一月
茶の蕾 名残の風炉焚く越前路|其一

皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

総合芸術と称される茶の湯の世界にも、 
「全国大会」と呼ばれる場があることをご存じでしょうか。
大会といっても、技を競い合うものではなく、 
全国の茶人がひとつの地に集う「大いなる会合」のこと。

ご縁に恵まれ、その場へ身を置くことが叶いましたので、 
越前の地で肌に触れた空気の記憶を、数回に分けてお届けいたします。

今年の舞台は、福井県。
 十月末の二日間、秋の深まるこの地に 
全国から750名の茶人が集いました。
初めにお話しするのは、 大本山永平寺にて執り行われた献茶式のこと。

 道元禅師の750回忌を供養する、厳かな祈りの場です。
「どうぞ、静寂をお楽しみください」 案内役の僧侶の、
静かなひと言から式は始まりました。

表千家十五代家元・猶有斎千宗左宗匠が静かに茶を点てられる中、 
一列に並んだ僧侶の先導とともに、 音階の異なる印金(いんきん)が
「リーン…トォウォーン…」と堂内に響き渡ります。
 冷たく澄んだ空気の中を、禅師が静かに入堂されました。

荘厳な静寂の中、十数名の僧侶が一斉に座具を広げ、深い礼を捧げます。 
額を床に寄せ、両の手のひらを天へと向ける。 
そこから流れるような所作で立ち上がり、ふたたび身を折る―― 
折り重なる衣がかすかに揺れ、布を捌く身のこなしの美しさに、ただ息を呑みました。

太鼓の鈍い響きとともに堂内を満たす声明(しょうみょう)。 
抑揚のある声が重なり合い、空間そのものを震わせる祈りの響きは、 
仏教が永い歴史の中で育んできた、壮大な古典芸術のようでもありました。
二服の茶が御前へとお供えされ、 
ふたたび響く鐘の音とともに、禅師と僧侶が退堂されます。

張り詰めていた静寂の糸が、静かにほどけていく気配。 
ふぅ、と誰からともなく漏れる安堵の吐息とともに、 
張り詰めていた七百五十名の茶人たちの身体が、
柔らかな日常へと戻っていきました。

一見、華やかな礼法に見える茶の湯の世界ですが、 
その根底にあるのは「茶禅一味」の言葉通り、 
己の内面とただ静かに向き合い、感覚を研ぎ澄ます姿勢です。

雑音の多い日々のなかで、 何かに一心に向き合い、
没入できるひとときを持つこと。 
それはささやかでありながら、
何物にも代えがたい幸福なのかもしれません。

長いようで短く、平等でないようで等しく流れる「時間」。 
永平寺の冷たい床の上で、そんなことを静かに噛みしめておりました。

次回は、永平寺にて執り行われた「濃茶席」の様子をお届けいたします。 
秋深まる越前の余韻を、どうぞお楽しみください。

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